台北歴史散歩の旅 (11) 萬華(艋舺)

「萬華」は台北で「新荘」に次いで早くから港町として栄えた地域。元々は「艋舺(バンカ)」と書いていたが日本統治時代に音が似ている「萬華」に改名されたが、今でもいろいろなところに艋舺という表記が残っている。

この地域には廟が多く残っているが、台北の都市形成の初期の歴史と照らしあわせた方が楽しく理解できるので、調べたことをごく簡単にまとめてみた。

  • 元々台湾には古くから住んでいる原住民がいた。
  • 清朝期に大陸から台湾への入植が始まった。入植した人たちは同じ出身地の者同士が「族群」という集団を形成した。
  • 族群はそれぞれの出身地の守護神を信奉していたので、族群間の利益対立だけでなく、宗教対立のためしばしば武力衝突が発生した。
  • 各族群は自分達の守護神を祀る廟を建て、廟は宗教的拠点であるとともに、武力抗争の拠点ともなっていた。
  • 港町として最初に栄えたのは淡水の上流側の「新庄」。しかし、土砂の堆積で大型船が入れなくなると廃れ、代わって下流の「艋舺」が栄えた。
  • 「艋舺」に早くから入植して権益を握っていたのが泉州(福建省南部)から来た三邑人。遅れてきたのが同じく泉州の同安人。
  • 1853年に「頂下郊拚」と呼ばれる三邑人と同安人との大規模衝突が発生。敗れた同安人は「艋舺」を諦めて、北側(淡水下流)の「大稲埕」への移住を余儀なくされた。
  • この時、同安人が焼き討ちされた廟からご本尊を担ぎ出し、大稲埕で新しく作った廟が迪化街の南端にあった「霞海城隍廟」。
  • 皮肉なことに、「艋舺」も土砂の流入で港の機能が衰え、経済の中心は「大稲埕」へ移っていった。

北側から萬華へ入っていくと最初にあるのが「清水厳祖師廟」、建立は1787年。ここは泉州のまた別の安渓県出身者の廟。道路際の門から細い参道の奥に本殿があるのは、族群間の戦い「族闘」での防御を考えたためらしい。



それにもかかわらず、1853年の「頂下郊拚」では巻き添えをくって破壊され、1867年に再建されている。 小さいが、綺麗な廟。

中に入ってみると小さな回廊になっていて、ここはシンプル。

祀られているのは安渓人が信仰する清水祖師。柱や梁の装飾が美しい。

廟を出て貴陽街を西へと進む。西園路との交差点にあったのがこのファサード付きの建物。「朝北医院」とあるが、今は使われていない風。

その筋向かいが艋舺青山宮。 貴陽街をまたぐ立派な門がある。

さぞかし大きな廟かと思ったら、門をくぐってすぐ左にビルに挟まれた小さな廟だった。小さくても屋根飾りは定番のセットが乗っているので豪華な感じがする。

中に入ってみると奥は薄暗くて荘厳な雰囲気。

廟をでて西へ少し行くと華西街の北端に出る。華西街は夜市で有名な所。ここの看板の上にも「青山宮」とあり、廟は小さくても地元の信仰を集めているようだ。

通りの左側にはおそらく日本統治時代の煉瓦造りの建物が残っている。まだ時間が早いので閉まっている店が多いがこの通りを南下する。

少し行くとアーケードとなり、早い店は営業中。

桂林路を越えて進むと雰囲気が変わってワニや蛇を食べさせる店が目立つ。

この店にはガラスケースに白いニシキヘビがいた。

廣州街に出ると路の両側に屋台が並ぶ。

交差点の近くにあるのは仁済医院という病院。屋根が日本瓦なので、これも日本統治下で建設された建物らしい。

この病院、建物は古いが経営はしっかりしているらしく、道の向い側には近代的なビルの病棟を建て増している。

通りで見かけたのがこの店。看板の「甜不辣」からスイーツの店かと思ったものの客層が皆年配。不審に思いつつそのまま通り過ぎ、後で調べてみたら「甜不辣」は台湾語で読むと「てんぷら」ということが判明。といっても衣をつけて揚げる天婦羅ではなく、さつま揚げのような練り物を揚げた方の「てんぷら」。これを日本のおでんのようにして食べるものやった。なっとく。

廣州街の西端の環河南路を少し上がったところに「黄氏大宗祠」があったが改修中だったので外から見るだけ。

さらに北へすこし行くと、看板がないと通り過ぎてしまいそうな「啓天宮」への入り口が見える。

ほんとうにここでよいのかなと思うくらい細い路地通って行くと奥に「啓天宮」があった。ここも馬祖を祀っている。ひさしはボロいけど派手な色使い。

本尊の馬祖さん。馬祖は泉州の航海の安全を守る神様なので、艋舺が泉州出身者が作った湊町だったということと符合する。

廣州街へ戻って東へ進む。途中、蒸した菱の実を売っていたので買う。50元(約150円)渡したら一つかみ量ってくれた。数えると8個。初めて食べたけど、栗とじゃがいもの中間くらいの食感で淡白な味。おじさんのエプロンに艋舺の文字あり。

さらに進むと交差点の向こうに黄色の提灯をたくさん吊るした「龍山寺」が見えてくる。

萬華というエリアは東京でいうと浅草のような雰囲気の街で、その中で「龍山寺」は浅草寺のような歴史と格式のある寺。入り口の門も立派。 今年が午年なので春節の馬の飾りが付いている。

屋根は2段になっているし、飾りも透かし彫りのようで見事。

これは何だかわからなかったけど、仮設で造られたような提灯の下に入ってお祈りしている。順番待ちの行列ができるくらいの人気。

中に入ると、本殿はさらに豪華、そして歩くのが難しいくらいの混雑。本殿の裏側にも神様たちが祀られていて、皆熱心にお参りしている。

正面に回り込めない人は、ちょっとした隙間に入ってお経を唱えていた。中には黒い袈裟のような着物を着ているひともいる。僕みたいな信心深くないものが写真を撮るのがはばかられるような熱気。

龍山寺を出てすぐ近くの路地を入ったところに「地蔵王廟」がある。ここをさらっと見て、萬華の散歩は終了。

あとは、名物の福州元祖胡椒餅を食べに行く。


清水厳祖師廟 (台北市万華區)

艋舺青山宮 (台北市萬華區貴陽街二段218號)

仁済医院 (台北市萬華區廣州街243號)

黄氏家廟 (台北市 万華區)

啓天宮 (台北市万華區)

龍山寺 (台北市萬華區廣州街211號)


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