大分・福岡旅行(2) – 臼杵街歩き(その1)

大分・福岡旅行(1)  – 羽田から臼杵へ」からの続き。

臼杵到着後、まだ日暮れまで時間があったので旧市街を歩く。

臼杵の歴史を簡単にまとめると、

  • 戦国大名大友宗麟が臼杵城を造り本拠地とする。最盛期には今の福岡県、大分県に渡る6国の守護大名となる。
  • 大友宗麟の晩年には薩摩・日向の島津氏との争いで劣勢となり、臼杵城を包囲されあわや滅亡となるまで追い込まれるが、秀吉の九州征伐で救われる。しかし、領地は豊後1国に縮小。
  • 宗麟病没後、息子の義統(よしむね)が後を継ぐが、文禄の役の失態で秀吉の逆鱗に触れ、領地召し上げ。
  • 関ヶ原の戦いの際に、義統は旧家臣を集めて再興のために豊後に攻め入るが、黒田如水に敗れて降参。これは去年の大河ドラマ軍師官兵衛にもその場面あり。
  • その後、関ヶ原で西軍から東軍へ寝返った稲葉貞通が美濃から加増移封されて臼杵藩にやってくる。以降明治時代まで稲葉氏が15代にわたって治める。

そういう訳で、現在市内に残っている古い町並みなどは江戸時代、稲葉氏施政下のもの。

地図では臼杵城跡が街の中心部にあるけど、古地図を見ると臼杵城は海へと張り出た城で、陸に繋がっていたのは城の西面だけやった。というわけで、臼杵城跡の北側の市役所などがある地域や南側の臼杵駅までの地域は元々は海やったところ。したがって、見どころの旧市街は臼杵城跡の西から南西にかけての地域。観光マップで赤く塗られている道路は観光用に石畳を敷いた道で、このあたりが古い町並みが見れるところ。

みてある記_pdf(1_2ページ)

ホテルは駅前なので、線路沿いに西へと向かい小さな川を渡る。最初に目についたのが「旧安野家長屋門」。ここは今でも住宅の一部として使われている様子。

長屋門というのは江戸時代の武士の家の門建築様式で、門の両脇の「長屋」の部分に家来や使用人を住まわせたもの。上級武士にしか許されず、家柄や位で大きさや仕様が決められているらしい。

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道を渡った先にあるのが「中島家長屋門」。先ほどの長屋門と比べて小さいが、案内板によると中島家は200石取りの上級武士だったとのこと。門をくぐって入ってみると敷地は空き地になっていた。門の裏側も漆喰が剥がれたり、相当傷んでいる。

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ここからさらに線路よりにあるのが「旧丸毛家住宅」。ここも200石取りらしいけど、長屋門ではなくて普通の門。門の正面から見ると、玄関、座敷、奥座敷、その向こうの窓を通して裏庭の木が見えるのが日本家屋らしい。

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この建物はかなりよく保存されていて、自由に見ることができる。表玄関とは別に内玄関というのがあって、こちらは広めの土間から上がる。

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屋敷の裏の庭から見たところ。武士の屋敷らしく、質素で広くはないけど綺麗な造りの建物。

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このあたりは武士の屋敷が集まっていたようで、屋敷跡に普通の家が建っていたり、空き地になっていても、昔の白壁や門が残っているところが何箇所かあった。

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武家屋敷エリアを出て、北へ向かう。道の左手は小高い丘になっていて、その上に「月桂寺」がある。この臨済宗の寺は、江戸時代に臼杵藩を治めた稲葉氏の菩提寺で、高さ9m、総長58mのお城のような石垣は威圧感がある。

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禅宗の寺らしく質素ながらも立派な本堂。

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脇のお堂の前には「拝観断り」のつれない立て札。

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寺の境内から北西方向の景色。遠くに臼杵を拠点とするフンドーキン醤油の本社建物が見える。

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月桂寺の北隣にあるのが、これも臨済宗の「多福寺」。

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石段を上がって山門をくぐったところ。狭いながらも開放的な空間。

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この寺の敷地は丘の上の狭いところに建てたためか変形で、道を隔てた先に本堂と鐘楼がある。

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細い路地を北へと歩く。左側は板張りの家と漆喰塀、右側は普通の家が建ち並ぶ。

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開けたところへ出ると「臼杵城跡」が見える。

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城跡見物は明日にまわして、旧市街の本町、二王座方面へ向かう。

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正面は「旧後藤家長屋門」。左手のピンク色の建物は歯医者さん。この道は二王座歴史の道と名付けられている。

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家老の村瀬家屋敷の跡に作られた観光案内所。

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稲葉家(藩主の分家)の長屋門はカフェになっている。

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道に沿って進むと大きな寺が2つ並んでいる。手前が「善正寺」、奥が「善法寺」

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「善法寺」の山門。

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2つの大きな寺を過ぎてさらに西へと進むと道が細くなって小さな寺や家屋が並ぶ地域に来る。右手に見えるのは「旧斉藤家屋敷」。この斉藤家は美濃の斎藤道三ゆかりの家とのこと。

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このあたりは昔の町並みが残っている。角の建物は、「旧真光寺」の一部、たぶん。

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「真光寺」はすでに移転していて、その後を臼杵市が購入して今は休憩所になっている。

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その向かい側にあるのが、「旧片切家屋敷」。石段と門構えが立派。

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「旧片切家屋敷」の区画のさらに西側には、岩山を切り開いて通した細い道があり、「切通し」と呼ばれている。大友氏と島津氏との戦いでの要所となったというから、外部から城下へ攻め入られないように細い道を造ったのかもしれない。

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「二王座歴史の道」のはずれには「直良信夫顕彰記念館」があった。直良信夫は明石人骨を発見した考古学者で、ここはその生家。

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そのすぐ近くには「加納家下屋敷」と説明書きのある小さな建物がある。稲葉家の譜代の家臣の筆頭だった家とあるけど、下屋敷のほんの一部やろ、これは。

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「二王座敷歴史の道」の終点から振り返る。道の両側は普通の家。

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このあとは臼杵川沿いのお寺と、川の中にある島の神社を見てから旧市街の北側へ回ることにする。


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