今日の映画 – セールスマン(Forushande)

「セールスマン」のポスター

映画レビュー

今年のアカデミー外国語賞を受賞したイラン映画。監督は、「別離」、「ある過去の行方」などのアスガー・ファルハディ。この監督、アカデミー外国語賞の受賞は2回目になるが、今回の授賞式はトランプ大統領のイスラム圏諸国からの入国制限に講義して出席をボイコットしている。

イラン映画といえば、ジャファル・パナヒ監督の「人生タクシー」を最近観たばかり。イランは映画や演劇への検閲が厳しく、パナヒ監督はそれを逆手に取って風刺するような映画を撮っているが、ファルハディ監督はイラン国内での制限の下で工夫して映画にしているという感じ。

映画は主人公エマッド(シャハブ・ホセイニ)と妻ラナ(タラネ・アリシュスティ)が住む老朽化したアパートが倒壊しそうで住民が逃げ出すところから始まる。住民が右往左往しながら避難する喧騒の中、窓から外を見る間にも窓ガラスにピシッとヒビが入り、そのガラスの向こうには巨大な建設用重機が不気味に動いているところのカメラが良い。

この騒ぎで新しいアパートへ引っ越すが、その転居先がいわくつきの部屋だったことで事件が起こる。そして映画の結末では、この避難で廃墟となった旧住宅が再び舞台として使われるところはうまい考え。

エマッドが学校の先生をやりながら、ラナと一緒の劇団で劇中劇に出演しているという設定。そしてこの演目が、アーサー・ミラーの「セールスマンの死」。この劇のリハーサルの場面では、「まだ、3箇所検閲を通らない箇所がある」というスタッフのセリフがあったり、下着姿のはずの出演者が分厚いコートを着ているところなど、イランの言論と表現への統制を軽く皮肉っている。

これは劇中劇の部分だけでなく、映画の本編でもはっきりとした表現を避けてあいまいな描写、言い回しになっている部分がいくつもある。例えば、引越し先のアパートの前の居住者のことを隣人は「いかがわしい仕事をしている女」というが「娼婦」とは言わない。また、シャワー中に襲われたラナの映像は病院へ運ばれてからで現場での生々しい映像はない。さらに、襲われた際にレイプされたかどうかもはっきりしない。これらはイランならではの検閲を通すためかなと思う。しかし、ファルハディ監督が上手いのは、制約によってぼかした表現にしたのではなく、映画製作上の技法としてそういう表現にしたのかなと視聴者に思わせているところかなと思う。

シャハブ・ホセイニは、「彼女が消えた浜辺」、「別離」にも出演、タラネ・アリシュスティも「彼女が消えた浜辺」に出ているので二人ともファルハディ監督とは旧知の仲。演技もしっかりしていて安心して観ていられる。

イスラム的な価値観、それも男と女で考え方が違うところは分かりにくいが興味深い。家庭内に何者かに侵入されたことを世間に知られたくないというのは共通であるが、最初は警察に届けようと言っていた夫の方が、時間とともに犯人に対する怒りが高まっていくのに対して、当事者の妻の方がショックから立ち直ると冷静かつ寛容になってくる対比が面白い。結末はなんとか丸く収まったかと思ったあとでもうひと波乱。ラストの意味は今ひとつピンとこないが、夫の復讐心が全てを飲み込めないくらい大きくなっていたということか?

それと、劇中劇「セールスマンの死」とがどう関係しているのかもよう分からん。

予告編

2017年に観た映画

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