クロアチア旅行(Day 7)ザダル~スプリト

Day 7の内容

  • ザダル市内観光(#3)
  • ザダル~スプリト、バス移動
  • スプリト市内観光(#1)

ザダル市内観光(#3)

次の都市、スプリトへのバスは昼過ぎなので、それまでにザダルのまだ見ていないところを回る。

アパートから旧市街へ

旧市街へ出かけるのは3回目。いつものようにアパートの脇の道を行く。

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同じ道ではつまらないので、まっすぐ旧市街へ入るのではなく、東側の道を通って湾の東側へ行ってみることにする。遠目に見ていたショッピングモールは近代的なデザイン。

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来たついでに入ってみるが、どこも開店前でエスカレータも止まったまま。

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ショッピングモールを出て道を急ぐ。公園の木は八重桜だった。日本の桜と見たところ同じ。

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公園が終わったところが湾の一番奥の部分。外海から一番遠いところで海面は波一つなく鏡のよう。ここを左へ回り込めば旧市街のいつもの入口。今日は右側へ行ってみる。

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湾越しに見た旧市街方面。

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しばらく行くと湾を横切るGradski がある。近くから見ると思ったより簡素な造り。橋の上を歩いてみると人の動きでたわんでいるように感じる。

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今日も雲一つない天気。湾内は波がほとんどないので練習しているボートがいくつかあった。

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橋を渡ると旧市街の最初の門に直結。

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橋から湾の奥方向を見た景色。

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マーケット

一つ北寄りの門を入ると、昨日は営業終了していたマーケット。野菜、果物、花を売る店が目立つ。

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奥の方へ行くと通路にまで日よけのテントが掛かっている。まだ開店支度中の店もいくつかあった。

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この果物屋でクロアチア産のドライイチジクを買う。トルコ産のイチジクに比べて小さくて、甘さも控えめで素朴な味。

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マーケットのすぐ外にあったパン屋。どこのパン屋にもあるパイのような生地でひき肉や野菜を巻いて筒状にし、それを渦巻き状に巻いて焼いたパン。具材の塩味がしっかりしていておいしい。

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ここからメインの中央通り経由で広場へ向かう。

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聖ドナトゥス教会 & 聖ストシャ大聖堂

聖ドナトゥス教会は9世紀に建てられたビザンチン様式の円形の教会。他にも円形の教会は残っているが、この教会のように2階建で、その2階に廊下がある構図は珍しいそうだ。

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今は教会として使われておらず、入ってみると巨大な美術作品が展示されていた。

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1階の柱の根本を見ると、ローマ時代の柱が起訴として使われている。おそらく本来の床は今よりも高いところにあってこの基礎が見えなかったのが、床が失われたことで起訴がむき出しになったと思われる。

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天井を見上げたところ。

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2階へと上がってみる。

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中央の吹き抜けを取り囲む2階の廊下。

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窓からは聖母マリア教会が見える。

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一昨日は中に入れなかった隣の聖ストシャ大聖堂へ行ってみると、今日は扉が開いていた。

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中の様子。この教会は12世紀にロマネスク様式で建設が始まったが、1201年に第四次十字軍に襲われて中断、その後再開されて約100年後に完成したときには、下部がロマネスク様式、上部はゴシックのハイブリッドになったという建物。

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路地にあるカフェでコーヒー休憩

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クロアチアのコーヒーはイタリアと同じ。ここではカプチーノでゆっくりする。

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フォーラム

もう一度ローマ時代のフォーラム跡へ行ってみて、北側の隅に見落としていたローマ時代の柱を発見。この柱は「恥の柱」と呼ばれていて、罪人をさらし者にするために使われたという。他の柱が聖ドナトゥス教会の基礎など後から造られた建物の建築資材として使うために壊されたとすれば、さらし者のためとはいえ用途があったから残されたのだろうか?

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さらにその北側にも円柱の下の部分が残っている。

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半島の突端に近いところに建つフランシスコ会の修道院と教会へ行ってみる。

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ちょうど礼拝中だったので本堂には入らず、中庭を見せてもらう。

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城壁の上を歩く

そろそろアパートへ戻らなければならないので、半島の東側に残っている城壁の上の道を歩いて戻る。

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途中の門の上から下を覗いたところ。

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この城壁は厚みのあるしっかりしたもので、その上は道路だけでなく駐車スペースになっている。旧市街の中はほとんど車は通れないので、この城壁の上の道路が旧市街を半周することもあり交通量は意外と多い。

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城壁から今朝渡ってきたGradski橋を見たところ。

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マーケットのテント。

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半島の先端から1km弱を歩いて旧市街の入口まで戻ってきた。

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陸の門と公園

塔の下には「5つの井戸の広場」がある。この広場の南側(写真では左側)に城壁内の小さな公園がある。さらにそこから道を隔てて南側に、別の城壁で囲まれた大きな公園がある。

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まずは小さな公園に入ってみる。公園の中からは、旧市街の正門「陸の門」が見える。

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小さな公園は100m四方程度の広さ。入口は一つしかないのでぐるっと回って元へ戻る。

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そして再び5つの井戸のある広場へ戻る。ここから陸の門へと降りてみる。

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陸の門の裏側。装飾もなく殺風景。

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外側から見ると立派。正面にはベネチアのシンボル、羽のあるライオンが鎮座。

12世紀末、ザダルはハンガリーの支配下にあって、アドリア海の一番奥に位置するベネチアにとっては目の上のこぶのような存在だった。そこでベネチアはスポンサーをしていた第四次十字軍に資金援助する代わりにコンスタンチノープルへ向かう途中に寄り道してザダルを襲わせて街を破壊させたという過去がある。本来異教徒と戦うために編成された軍隊を自分たちのライバルの攻撃に使い、同じキリスト教徒を殺戮したというひどい出来事。しかし、ベネチアはザダルの支配権を手に入れてベネチアは風の街につくっていったのがザダルの歴史。

2017年に新たに登録されたユネスコの世界遺産の中に、「15~17世紀におけるベネチアの防衛施設」というのがある。この世界遺産は1か所ではなく、イタリア、クロアチア、モンテネグロの複数の拠点でのベネチア共和国本国を守る防衛施設で、ザダルの防衛施設も含まれている。この旅行で訪れた世界遺産としては、ポレチのエウフラシウス聖堂に続く2つ目になる。

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門の外、道を渡った先には再び城壁で囲まれたエリアがある。この中には大きな公園があり、北側から入って南側へ抜けられる。

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入ってすぐのところにあった井戸のようなもの。ここにもベネチアの羽のあるライオンのレリーフがある。

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公園の中には大きな木が生い茂って散歩にちょうど良い。

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南の端まで行くと、外への出口があった。

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通路を通って外から見たところ。

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たかが公園のためにこれだけ立派な城壁は土塁を築いたとは考えにくいので、この公園の場所に以前は何かがあったのではないかと思う。

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公園から出たところのロータリー。この先は普通の市街。アパートへ戻ってチェックアウトする。

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バスでスプリトへ移動

もう何度も利用して慣れてきたバス移動。今回もAutotrans社のバス。長距離移動のバスのチケットは全て日本で購入しておいた。ネットで前売りを買うと、いくらか割引がある。

座席指定ができるという情報もあったが、いざバスに乗ってみると皆勝手に好きなところへ座っている。幸い、今回のバス移動は満員になったのが一度だけで、それ以外は空席がある状態。なので、荷物を床下のトランクへ入れてもらってから車内へ乗り込んでも席の心配はほとんどなかった。ただ、これはハイシーズン前の旅行者が少ない時期だったからではないかと思う。ハイシーズンを2人以上で旅行するなら、荷物預け担当と席取り担当に役割分担するなど工夫が必要かもしれないし、それも始発でないと難しいかもしれない。

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クロアチアに来てから乗った長距離バスはどれも概ね綺麗。このバスもまだ新しい。

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ザダルからスプリトへの道路はほぼ海岸沿い。ダルマチア地方の海には海岸と平行に細長い島が点在している。陸地側から見ると動物の背中のような形をした島がいくつも重なって見える。

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シベニク(Sibenik)の少し手前の橋から撮った写真。左岸に見える町がシベニク。

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シベニクの街中を通過。ここへは明日に改めて来る予定。

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シベニクからプリモシュテンへと向かう途中の入江。

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海水が青くて透明度が高い。この地域の海岸線は景色が美しいところが多い。

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地図に村の名前もないような小さな入江。

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プリモシュテンの沖合にある小さな島。

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スプリトの空港。

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スプリトの町も海へ突き出た半島の中にある。海沿いの道を通ってきたバスは、スプリトの手前で半島の北側の湾を迂回する。このあたりは北側の山地が迫っていてまた違った風景。

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クロアチア第二の都市スプリト。都心へ近づくにつれ、高層の建物も見かけるようになってきた。

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バスステーションは港の近くにある。

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スプリトの旧市街は南北200m、東西300m程度の狭いエリア。アパートは旧市街の中にあるが道が入り組んでいて分かりにくい。

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なんとか約束していた時間に到着。

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アパートは石造りの家の2階。

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キッチン付き。

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スプリト市内観光(#1)

ディオクレティアヌス宮殿跡

スプリトのは3泊するが、明日と明後日は周辺の町へ出かけることにしているので、スプリトの街に割ける時間は思ったより少ない。陽のあるうちに市内を見て回るために早速出かける。

旧市街から海の方へと出る。旧市街の南側外壁のすぐ外の通り(Obala Hrvatskog narodnog preporoda)は観光客向けのレストラン、カフェ、ジェラテリアなどが並ぶ。

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雲ひとつない快晴。この通りは観光客相手のメインストリートで人でも多い。クロアチアに来て思ったのは、しつこい客引きがいないこと。レストランの人と視線が合うと営業掛けられることはあるが、断るとあっさり引き下がる。

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旧市街の大部分は、ローマ皇帝ディオクレティアヌスが引退した後に余生を過ごすために作った宮殿の跡地。西暦300年前後に造られたこの宮殿はざっくり200m四方の広さで、周囲を高さ15~20mの城壁で囲っていた。内部は、その後の時代に廃棄、改築、増築などが繰り返されて宮殿内が街になっている。それもすごいが、1700年前の城壁が多少姿を変えたとしても、概ねそのまま残っていて、人が住んだり、商店として使われているというのはすごい。このディオクレティアヌス宮殿と周囲の歴史地区はユネスコの世界遺産になっている。今回の旅行で訪問する世界遺産はこれが3つ目。

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元宮殿はほぼ正方形の形をしていて、それぞれの面の中央に門がある。北側の門が正門で別名金の門、そこから時計回りに、銀の門、銅の門、鉄の門となっている。写真は南側の銅の門。城壁に開いた小さな門で、両側に建物が増設されているので目立たない。この門は海の門とも呼ばれていて、手前の歩行者天国になっている通りはかつてアドリア海だったという。

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銅の門から中に入ってみる。この地下ホールは「ディオクレティアヌス帝の地下室」と呼ばれている。入り口から北に向かってまっすぐ通路があり、途中左右に分岐している。分岐の先は鍵がかかっていてこの時間帯は入れなかった。メインの通路の左右には土産物屋が並ぶ。

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天井を見上げると石を積み上げたアーチになっている。照明があるもののやや薄暗く、ちょっと気味が悪い。

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地下室の北側の階段を上がると広場に出る、右手には鐘楼がそびえ立つ。

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広場からいま来た方を振り返ったところ。正面の地下から上がってきた。写真左手が鐘楼。

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再び北側を見たところ。この広場が宮殿の中心。前方の建物の間の細い道が宮殿を東西に分ける道でまっすぐ進むと北門(金の門)へ至る。建物の間へ入らず左または右へ行くと西門(鉄の門)、東門(銀の門)へつながる。

宮殿を4つの門を縦横につなぐ道で4分割すると、北東が兵舎、北西が使用人の住居や作業場所、南東がディオクレティアヌス廟とディオクレティアヌス帝の住居(南側)、南西がローマ神殿とディオクレティアヌス帝の住居(南側)となっている。ディオクレティアヌス帝は海側の景色の良いところを自分の住居に充て、その北に神殿と自分が死んだ後に祀る廟を置き、さらにその北に配下の軍勢と使用人の区域を置いたというレイアウト。

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広場から東門の方へ行ったところから鐘楼を見たところ。鐘楼の隣の8角形の建物は、ディオクレティアヌス廟として造られたが、その後カトリックの大聖堂に作り変えられた。

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大聖堂の中を見たくて入り口でチケットを買う。中に入ろうとすると止められて、あっちだと言われたのがこの階段。大聖堂のチケットと思って買ったのは鐘楼へ登るためのチケットだった。夕方で閉まる直前だったので、上がってみる。

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最初は閉鎖された空間の石造りの階段を上がる。写真は振り返って下を見たところ。

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開けたところに出てからは鉄製の螺旋階段を上がる。

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四連の鐘は最上部ではなく途中にあった。さらに上に上がる。

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石造りの壁の内側に這わされた鉄製の階段は、日本の構造物の間隔からするとおもちゃのようで落ち着かない。

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やっと最上部に到着。

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東側

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西側
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南側
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北側
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東門から宮殿跡の外を歩く

東門(銀の門)を内側から見たところ。

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東門を外へ出たところ。城壁に沿ってテントが置かれ日中は店が出て賑やかなところだが、夕方ですでに閉店していてひっそりとしていた。

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南側の城壁に比べて東側の壁は防御の実用本位なのかそっけないデザイン。壁だけが残っているところもあれば、住居に作り変えられてガラス窓は入っているところもある。

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宮殿跡の北東の角を西へと回り込んだところ。城郭の外側に接して家が建てられている。道の北側は公園。

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建物と建物の間の路地の奥に本来の北面の城壁が見える。

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開けたところでは強固な城壁がよく見える。

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北門(金の門)の前にある鐘楼。その手前に見えるのは昨日ニンで見たグルグール司教の銅像。ただし、こっちの方がずっと大きい。

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北門~西門

グルグール司教の足元から見た北門。

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北門を入ったところ。防御のために門が二重になっている。

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今まで通ってきた、ロビニ、ポレチ、ザダルなどベネチアの支配下にあった街と同じで、狭い地域を細い路地で仕切って、そこに目一杯石造りの建物を詰め込むところは同じ。

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その路地のカフェや商店も同じ景色。

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西門(鉄の門)を内側から見たところ。

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門の近くにあったパン屋。

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西門~波止場

西門を外に出たところにある広場。ここがベネチア支配時代の中心地だったところ。

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宮殿跡の中は通りが東西南北に向いているが、外側の旧市街は斜めに走る道があったり路地が入り組んで分かりにくい。

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海側の通りへ出た。

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明日のバス、明後日の船の乗り場を確認するため波止場の方へ行ってみる。

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スプリトはダルマチア地方最大の都市で船便の中心地でもある。港にはフェリーや高速船が停泊していた。

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青天続きで空には飛行機雲があるだけ。乗り場の確認ができたのでアパートへ戻る。

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アパートで晩ごはん

アパートの近所にあったスーパーに寄る。

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惣菜売り場で今夜の食料を調達。

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ワインの種類は豊富。イタリアのワインも多かったので注意して地元産のを選ぶ。

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ビールも買う。種類が多くて迷う。

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ワンプレート・ディナー。手前のカツは薄切りの肉でチーズと生ハムを巻いて、衣を付けて揚げたもの。場所によって、ザグレブ風、リュブリャナ風とか名前が変わるが同じようなもの。

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食べ物もビールもワインも美味くて満足。本格的な料理をしなくても、キッチンが使えるのがアパートの良いところ。

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