今日の映画 – ベロニカとの記憶(The Sense of an Ending)

The Sense of an Ending

映画レビュー

原作はイギリスの小説「The Sence of an Ending」で映画の原題も同じ。邦題の「ベロニカとの記憶」というのは物語のテーマから外れてはいないが、ベロニカ役のシャーロット・ランプリングを前面に出したいという配給会社の思惑が見え隠れする。シャーロット・ランプリングのキャスティングと演技は良いと思うが、登場するのは映画の半ば過ぎ。映画の主人公は通しで出ているジム・ブロードベント演じるトニーであることは間違いない。

このトニーという役、一見感じの良い老人のようにも見えるが、別れた妻との会話や、郵便配達の少年への接し方で、ちょっと変な感じがしてきて、ベロニカとの再会後にはストーカーおやじみたいな行動を取るに至っては嫌悪感が上回る。そういう風に思わせるように演じたジム・ブロードベントを褒めるべきではあるが、観ていて楽しくない。

主要登場人物はトニー、ベロニカ、若き日のトニーの親友でベロニカを奪った後に自殺したエイドリアン、ちょっとしか出てこないがベロニカの母親のサラ、そしてトニーの元妻マーガレット。サラが亡くなってその遺品としてエイドリアンの日記がトニー宛に残されたことで、なぜ日記をベロニカではなくサラが持っていたのかという疑問が生じるが、その謎は最後に明らかになる。

映画の終盤ではトニーの人格に問題ありという判断を下していたが、すべてのいきさつが分かってくるとサラとベロニカの母娘も変といえばかなり変。エイドリアンの日記を残しておいて今頃トニーに遺すサラも変やし、エイドリアンが自殺した後に生まれたであろう子供に同じエイドリアンという名前を付ける感覚がよう分からん。なんか、変な人たちに囲まれたエイドリアンが気の毒に思えてくる。

監督は、インド出身で「めぐり逢わせのお弁当」を撮ったリテーシュ・バトラ。前作はインドが舞台の良い映画だったが、この映画は舞台も出演俳優もイギリス。回想シーンのトニー達の高校生時代は昔のイギリスの教室の感じが良く出ていて完全にイギリス映画になっているのが面白い。

予告編

2018年に観た映画

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