映画レビュー
アカデミー主演男優賞3回受賞の名優ダニエル・デイ=ルイスの引退作品。舞台は1950年代のイギリス。成功したオートクチュールの「ハウス」のオーナーのレイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)、その姉でハウスの実務を仕切るシリル(レスリー・マンビル)、レイノルズがモデルとしてスカウトした元ウェートレスのアルマ(ビッキー・クリープス)の3人が主要登場人物。
映画を見終わって、周到に計算された脚本、主要登場人物のキャスティングと演技、監督の演出、全てにおいて良くできた映画と感じた。2018年のアカデミー賞には、作品、監督、主演男優、主演女優、作曲、衣装デザインの6部門でノミネートされたが、受賞したのは衣装デザインのみで他は逃した。しかし、個人的意見としては、監督、主演男優、主演女優は受賞してもおかしくなかったと思う。
主人公のレイノルズはかなり変わったタイプの人間。映画では、冒頭のドレスを完成させるプロセスで、レイノルズの天才性、神経質なところ、社会性が欠落しているところを浮き彫りにする。同時に、レイノルズの足りないところを補い、影となって実務を仕切るちょっと不気味な姉シリルが実はレイノルズを支配しているのではとまで思わせる。
併せて、レイノルズがかつてモデルとして連れてきたと思われるジョアンナに既に飽きていて、インスパイアされないどころかイライラさせられるところを見たシリルがジョアンナをお払い箱にするシーンで、この姉妹が同じことを何度も繰り返してきたこと、モデルとして一時重用しても愛情の欠片も感じていないことを暗示する。こういう演出は上手い。
クビになったジョアンナの代わりにリクルートされたのがアルマ。レイノルズがアルマに惹かれたのは、自分の作品を引き立たせるプロポーションで、アルマの人間性や内面などに全く無頓着なところから、アルマもいずれジョアンナと同じ運命と思わせる。ところが、どっこい、このアルマが曲者で、話は大きく動いていく。
原作、脚本がよくできているのは、後で生きてくる伏線が用意されていること。例えば、レイノルズがバターが嫌いなことは早い段階で料理人がアルマに話すが、アルマがレイノルズのために料理する2回のシーンでこれを利用する。また、早い段階でのきのこ狩りも後で関係してくる。前半部分でレイノルズが入念に髭剃りしするシーンは、後に寝込んだときの無精髭の姿との落差を見せつけるための演出。
ただ、2人が結婚したあとに仲がこじれて、そこでもう一捻りという結末になっているが、そこまで複雑にしなくても、結婚で終わりにしても良かったのではないだろうか? 独身主義者で結婚などする気のなかったレイノルズに求婚させ、OKするまでに気を持たせて完全に立場逆転して力関係を見せつけたということで充分だった気がする。
いろいろな解釈の仕方があると思うが、個人的にしっくりくる解釈は、レイノルズが、繊細で美しく、上品で貴族的な華やかさ、現実から逃避し、衰退しつつある弱々しさを体現するのに対して、アルマは現実的で今風、ガサツで品がないが生き延びる力強さを体現していて、後者が前者を凌駕していくということ。
俳優に関しては、出演作を選んで役作りに没頭するダニエル・デイ=ルイスが神がかっているの予想の範囲。アルマ役のビッキー・クリープスは典型的な美人ではないが、意外に頑張っていてダニエル・デイ=ルイスに圧倒されることなく印象に残る演技をしている。
シリル役のレスリー・マンビルは、正面から見ると黒目だけで白目がほとんど見えないあの不気味な表情だけで存在感あり。ヒッチコックの映画レベッカに出てくる怖いダンヴァース夫人を連想した。
総合的に良くできていてい、サスペンス・ドラマとして5年後、10年後でも思い出される映画になるのではと思う。
予告編
2018年に観た映画
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