京都の大徳寺周辺には紫野という昔の地名が残っている。その中で今宮神社とその周辺は紫野今宮町という町名になっている。通りの名にも残っている今宮通りを西進して今宮神社へと向かうと、神社の前の短い参道を挟んで2件のあぶり餅の店が向かい合っている。
道の北側に位置するのが「あぶり餅一和(一文字屋和輔)」。創業は1000年。飲食店としては日本最古の老舗。建物も古い部分は元禄年間に建てられたものらしい。
参道の南側にあるのが「あぶり餅かざりや」。こちらも創業400年の歴史を持つ。向かいの一和が創業1000年を超えているのに比べると短いが、両方を比べ見てもその違いは良く分からない。
あぶり餅一和
今宮神社へのお参りの前に、まずは一和に入ってみる。一和の建物。中央のくぼんだ所に立派な松が生えている。正面から右側は腰を掛ける縁台のような席だが、左奥には座敷もある。
一和の店内から外を見たところ。通りの向こうにかざりやが見える。
店内風景。壁の板張りの隙間から光が漏れてくるとこなんかに年代を感じさせる。
炭火で餅を焼くところ。団扇でなく扇風機完備。扇風機の右側の箱にきな粉をまぶした餅が入っている。
お茶は気前良く急須付きで供される。なんか懐かしいデザイン。
あぶり餅、一人前11本、500円。竹串の先に餅をからめてきなこをまぶして炭火で焼いたもの。ちょっと焦げていて香ばしい。掛かっているみそだれは甘さ控えめ。
今宮神社
あぶり餅の店側から東門に入る。
入ってから分かったが、正門は南側の大きな楼門だった。
楼門から北への延びる道の突き当りにあるのが拝殿。
拝殿の北側にある建物は二つの本殿が繋がっていて、正面が今宮神社の本殿、左側の屋根は疫神社の本殿。この土地には元々疫神スサノオを祀る社があって、それが今宮神社の起源となっているというから、コロナ禍の昨今にはトレンディといえる。
「阿呆賢さん」という銘版の下にある石を掌でなぜて石を持ち上げて軽く感じれば願いが叶うという言い伝えがある石。
今宮神社の敷地内には複数の神社が同居していて、その一つが織姫神社。今宮神社の南側、今出川通り周辺は織物が盛んだった西陣。西陣の織物関係者が誘致してここに建てたという。石段を上がった両脇に立つ赤いのは機織りの際に緯糸を通す杼(ひ)の形をしている。
今宮3代将軍徳川家光の側室で、5代将軍綱吉の生母となった桂昌院は西陣の八百屋の娘お玉だった。桂昌院のレリーフと説明書きがある。
桂昌院は出身地の今宮神社に寄進している。この井戸もその一つ。
井戸の名前はお玉の井。
この宗像社も桂昌院の寄進によるもの。
宗像社の説明書き。
あぶり餅かざりや
今宮神社から東門を出てかざりやへ戻る。
かざりやのお茶。
炙り中。
二人がかり。
かざりやのあぶり餅、11本500円。
焼きの後ろでは餅の制作中。柱にメニュー。
こちらも座敷あり。
看板では「本家」と名乗っている。
両方を味わってみて
一和、かざりや両方のあぶり餅を食べてみたが、いずれも甲乙つけがたい。餅の形が微妙に違って、たれの味もかざりやの方が濃いめに感じたが、極端な違いはない。