映画レビュー
G8財務相会議の場を舞台にした異色のサスペンス映画。登場人物はIMFの専務理事で実質会議を仕切っているロシェ、G8の財務大臣、ゲストとして招待されたロックスター、著名な絵本作家、イタリア人の修道士サルス。G8の会議に部外者が招待されるのはピンとこなかったが、これはU2のボノが2007年のG8蔵相会議に招待されたのをモデルにしているらしい。
登場人物の中で、キーになるのがロシェとサルス。ロシェ(ダニエル・オートゥイユ)は見た目も押出しが強いが、天才的なエコノミストということになっていて、リーマンショックの際にアメリカ、イギリス、ドイツの財務大臣たちを内密に助けたとかで圧倒的な権力を持っている様子。しかも何やら秘密の数式まで持っている。
片や、修道士サルス(トニ・セルビッロ)は映画の冒頭でカバンひとつで空港に到着し、車で会議の場へと移動する孤高の聖職者といった感じ。しかし、彼がなぜこの場に招待されたのかはまだ分からない。話が進むに連れ、サルスを招待したのはロシェで、個人的な事情で「告解」をしたかったというのがその理由。
告解がどういうものかは分かりにくいが、Wikipediaによると「告解はカトリック教会においては、洗礼後に犯した自罪を聖職者への告白を通して、その罪における神からの赦しと和解を得る信仰儀礼。」ある。ロシェがサルスを自室へ呼んで告解した直後に自殺してしまうので翌日大騒ぎになってしまう。
ここでもう一つ予備知識が必要なのがG8。主要8カ国首脳会議などとも呼ばれて、参加国は、フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ、ロシア。国際的に影響力のある国の代表が集まるサミットで、財務大臣が集まる会議は世界経済を安定・発展させるために力を尽くしているようなイメージを持っていた。だが、調べてみるとG8は国連とも関係なく、国力がある国が言い方は悪いが勝手に集まって、参加していない国々にまで影響を及ぼすことを決めている団体という味方もできる。Wikipediaにも『G8の「決議」「決定」「宣言」その他諸々は、国際法上の根拠を何ら持たない“仲間内での取り決め”である』とある。
おそらく、G8には良い面と悪い面があるのかと思うが、この映画の中ではG8の悪い面が強調サれている。つまり、ロシェにリードされるG8は世界経済を破綻から守るという名目で何らかの決議を行おうとして、それが決議されると開発途上国は深刻な影響を受けるということが薄々分かってくる。各国の大臣の立ち位置も、ドイツ、アメリカ、イギリスは推進派、カナダは反対、イタリアも心情的に反対だが長いものに巻かれつつあるなど様々。フランス、日本、ロシアはあまり存在感がない。
推進派の面々は反対派をまるめこんで決議しようとしていた時にリーダーだったはずのロシェが自殺、おまけにその直前に告解していたことが分かって、修道士が「悪事」を知ってしまったのではないかという疑心暗鬼からパニックになる。映画では告解のシーンが小出しに挿入されるが、ロシェがどこまで修道士に話したのかは観ている側にも分からない。
この修道士がしたたかで、告解の内容については弁護士と同様守秘義務があることを盾に沈黙を守りつつ、イタリア大臣に良心にしたがうよう揺さぶりを掛けるなど、なかなかのやり手。そこに絵本作家が応援に入って決議を阻止しようとするが推進派を止めるには至らない。ところが、最後に修道士がロシェから知らされていた謎の「数式」をすらすら書くと一気に形勢逆転、都合の良いことに修道士は出家する前は数学者で、謎の数式が世界経済を予測できる魔法の数式であることを理解できたということになっている。実は、この数式は不完全で実際には役に立たないが、ロシェの数式というだけで推進派の息の根を止めるに十分だったということ。
映画の主人公は修道士ではあるが、ロシェが一番興味深い。世界の経済を牛耳れる権力を得て、それを十分行使してきたのに、末期がんで余命僅かと知ると信心深い訳でもないのに告解をすることで魂の安らぎを得ようとする。今まで悪行を重ねてきた自覚があってのことにしても、最後に宗教に助けを求めるのはキリスト教の文化的なバックグラウンドがあってのことだろうか?だが、本質の告解のところで修道士に許しを求めて「許しを与えられるのは神だけ」と断られると告解を止めてしまうところなど、告解さえもビジネスの取引と同じにしか考えられない悲しさがある。
絵本作家がなぜ修道士を応援したのかとか、日本の大臣が散歩で会った修道士に「東洋人である自分にはあなたの沈黙はよく分かる」というと修道士が黙って海に入って泳ぐところとか、観る側の想像力に任されている。映画のストーリーは、良心を持つ人と良心を失った人たちとの対立と見ることもできるが、映画の中ですべてを説明していないところがイタリア映画っぽくてよい。
予告編
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