今日の映画 – 家へ帰ろう(El ultimo traje)

El ultimo traje

映画レビュー

冒頭の舞台はアルゼンチンのブエノスアイレス。主人公の老人アブラハムは娘や孫たちに囲まれているがあまり幸せそうに見えない。どうやら足を悪くして住み慣れた家を離れて老人ホームに入る様子。

娘たちは家を処分した財産の分割への関心が先に立ち、アブラハムのことを気遣っていない。孫のうちの一人の女の子が、記念撮影に加わることの条件としてiPhoneをねだる交渉を仕掛けるところではアブラハムが気の毒になってくる。ところが、予想に反してアブラハムはこのちょっと小狡い孫娘の利発なところが気に入っていて、怒るどころか褒めて気前よくお金を出してやる。この短いシーンだけで、お金を節約したり稼ぐことには頭を使うが、必要と考えれば使うことを厭わないユダヤ人的な金銭感覚と性格が分かるし、老人ホームに無一文で行くのではなくある程度の金銭的余裕があることが分かる。こういう演出は上手いと思う。

結局老人ホームへは行かずに、家族に何も告げず、マドリッド、パリ、最終目的地のポーランドの街へと旅に出る。目的は、少年時代にポーランドでユダヤ人ゆえに迫害されていたアブラハムを助けてくれた友人に仕立てたスーツを届けに行くこと。ここからはロードムービーになっていく。

旅の途中のトラブルで所持金を失ってしまうが、飛行機で知り合った音楽青年、マドリッドのホテルの女支配人、文化人類学者の女性、ポーランドの看護婦など、次々と助けてくれるひとが現れる。こうも都合よく支援者がでてくるのはどうかなと思ってしまうが、この映画はリアリズムを追求するのではなく、お金を盗んでいくわるいやつも居れば、よい人も居るという形式的な対比の上にアブラハムの物語を展開していると思えばよいのだろう。この中では、ホテルの女支配人がシニカルで、十分お金を持っているのに宿代をセコく値切ろうとするアブラハムをやり込めるシーンが気に入った。

映画の中では少年時代のシーンに何度も切り替わって過去になにがあったのかが次第に明らかになっていくが、不自然に過去のシーンへ切り替えるのではなく、アブラハムが眠っているときの夢や列車で倒れて昏睡しているときの夢という形を取っているところに工夫が見られる。

最後に70年間一度も連絡していなかった少年時代の親友の家へたどり着いて再会できるというのは都合良すぎる気がしないでもないが、そこに突っ込む映画ではない。とはいえ、再会したのは良いとして、無一文のアブラハムはその後どうするのだろうかというのはやっぱり気になる。

予告編

2019年に観た映画

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