映画レビュー
男3人、女3人合計6人の子供の父親ベン(ヴィゴ・モーテンセン)が、子どもたちと俗世間から切り離されたワシントン州の山奥で暮らしているところから映画は始まる。開始10分くらいで、この子どもたちがハンティング、サバイバル、文学、数学、物理学などに長けていることが分かる。さらに話が進むと全員が並外れた身体能力を持ち、ドイツ語と中国語で会話できて何人かはエスペラントもできることが分かる。さらに、長男はエール、スタンフォード、MIT、ブラウンなどの名門校を受験して全て合格。しかも子どもたちは学校に通わず先生役は父親のベン。この父親が格闘技のコーチから物理学の「ひも理論」にまで通じているスーパーマンみたいな人。
日本では義務教育は学校で受けることが必須で、親が子供を学校へ行かせなかったら法律違反になるが、アメリカでは学校に行かずに親が子供を教育する「ホームスクーリング」が合法的に認められている。実際にホームスクーリングを行なう理由のうち最大のものは宗教的理由だという。ところが、ベンは既成宗教には反発していて、子供たちにはトロツキーや毛沢東の思想を学ぶことを奨励している風。
始まってしばらくしても母親がでてこないと思ったら、双極性障害で町の病院に入院していて、まもなく自殺してしまう。この母親レスリー(トリン・ミラー)は仏教徒で、自分が死んだら歌を歌って賑やかな葬式にして、死体は火葬にして灰をトイレに流してくれと遺言する。ところが母親は資産家の娘で父親は教会で普通の葬式を行なう手配済。そして、ベンに葬式に来たら逮捕させると警告する。ベンは亡き妻の遺言を果たすべく、子供たちと山を下りて葬式へ乗り込んでいくという流れ。
独立独歩の精神を尊重するアメリカ人に受けそうなテーマ。山籠もりの生活から初めて「下界」に降りた子供たちが車で旅する過程で初めて体験する諸々のことなどコメディタッチで軽妙に描かれている。ヴィゴ・モーテンセンは山中での絶対的なキャプテンと「下界」では全てが思い通りになるとは限らないところでの葛藤を演じていてかなり良い。子供たちも6人もいて個々を認識するのが大変だったが、それぞれが子供らしく生き生きしている。
サンダンス映画祭で公開されたと聞いたので、無名の監督のインディ作品かと思ったが、監督のというように、観客マット・ロスは「アビエイター」や「アメリカン・サイコ」を撮った中堅どころの人。この映画でもヒットさせるポイントを押さえていて数々の賞を受賞している。
たしかに映画はよく出来ていて、出演者の演技もよい。ただし、映画を見て共感できるかとなると、「う~ん」となってしまう。まず、最初に感じたのは、父親が先生として「学科」を子供に教えるのに関して、あらゆる分野に知識と経験を持っているスーパーマンということは映画では簡単に作れるけど現実にはありえんやろということ。
そして、父親としての家族愛は強烈に感じさせるが家族以外の人たちへの思いやりに欠けていること。例えば、通りがかりのスーパーマーケットから家族ぐるみで食料などを盗んでくるのは「強欲な資本家のモノは多少奪っても構わない」という教育のつもりかも知れないが、その店の警備担当、フロア担当、店長など資本家でない普通の人達が困るということに全く配慮していない。妹の家にやっかいになったときに、普通に育てられた甥たちの前で英才教育した8歳の娘の知識が上回っていることを見せつけたところなどは気分が悪くなった。
結局、自分自身が完璧な人間でないことを悟ったベンが、多少の修正を加えて今までの生活を継続するということになるが、それまでの10年間家族以外との社会的接触がない環境で育てられた子供たちが皆「良い子」であるのもご都合主義に思えてくる。
映画としてはそこそこ良くできているが、好きか嫌いかとなるとあんまり好きじゃない。
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