今日の映画 – 判決、ふたつの希望(L’insulte)

L'insulte

映画レビュー

映画の舞台はレバノン。地図で見るとレバノンの位置はイスラエルの北隣り、国の西側は地中海に面し、北から東はシリアに接している。この地域は歴史的にいろいろな宗教の信者が入り交じるところだが、レバノンは周辺のアラブ諸国と違ってキリスト教信者が比較的多かったところ。ところが独立後1975年から1990年にレバノン内戦として知られる泥沼の内戦が繰り返される。宗教間の対立が主要因だが、キリスト教とイスラム教だけでなく、イスラム教のスンニ派、シーア派という宗派の対立もあるうえにPLOが加わって、各派が民兵組織を作って戦うだけでなく爆弾テロ、誘拐、虐殺に及ぶ。隣国シリア、イスラエルの侵攻と撤退が繰り返され、イランは介入するし、米英仏などの多国籍軍も派遣され戦闘に加わる大混乱。そこにパレスチナを追われた難民が流入してくる。とにかく複雑過ぎる。

主人公のひとりはキリスト教徒のレバノン人トニー。自動車の修理工場を経営して身重の妻が居る。宗教番組を流しながら仕事をしているが、その番組が「パレスチナ難民を追い返せ・・・!」というようなかなり過激な内容。

もうひとりの主人公はパレスチナからの難民で難民居住区に住むヤーセル。不法建築の建物を改修するプロジェクトを請け負った土木業者に雇われている現場監督。優秀なエンジニアで、頑固者。

この2人がちょっとしたことで口喧嘩になり、それが思わぬ方向へと発展していく。初めの段階では、トニーが理不尽な要求をしていて、難民で肩身の狭いヤーセルが控えめな態度なので「ヤーセル、可愛そうやん」という感じ。そのヤーセルが上司に言われて意に沿わない謝罪に行った際にトニーから侮辱されてガツンと一発、「ヤーセル、やるやん」。トニーが裁判に訴えて、映画の後半は法廷の場面が多くなる。トニーも意固地になって大統領まででてきたのに仲裁に応じようとしない、「おいおいトニー、そこまでやるか?」。

さらにトニーの弁護士が右翼系の大物弁護士、ヤーセルには左翼系の難民支援弁護士が付くが、この二人の弁護士が父と娘だということが途中で分かってくる。法廷のシーンでも娘の弁論のたびに親父が割り込んで話すので感じ悪い。ここまでの流れでは、トニーに言いがかりをつけられたヤーセルに同情したくなる展開。

ところが、裁判所から帰ろうとするヤーセルの車のエンジンが掛からないのを見たトニーが修理してあげるところから雰囲気が変わってくる。そして、弁護士が調べたところトニーの生まれ育ったところがダムールというかつて住民が虐殺された農村で、トニーはそこの生き残りだったことが明らかになる。つまり、トニーはキリスト教徒のレバノン人だが国内での難民みたいなもので、境遇はヤーセルと似ていたということ。最終的に判決が言い渡され、勝敗は決まるが、両者は和解してめでたしめでたし。

トニーもヤーセルも問題を抱えているが、信念を貫くためには裁判で自分が有利になるようなことでも口をつぐむところとか、ちゃんとした人として描かれている。トニーが裁判へと持ち込むが、途中で止めたくなっても弁護士たちがやめることを許さないところは、レバノンの内戦に国外の部外者が関与して当事者を差し置いて利益や面子のために戦ったことを連想させる。

監督のジアド・ドゥエイリはレバノン人でクウェンティン・タランティーノの撮影助手をやっていたという人。撮影をやっていただけに構図がしっかりしている。また、後半の法廷シーンも良かった。この映画はレバノンへ戻って撮ったもので出演俳優も知らない人ばかり。その中で、トニーは自動車修理工なのに背広を着て法廷に立つとシュッとしていて格好が良い。

映画の中でトニーがブレーキパッドを取り替えたばかりなのにすぐに磨り減ったとぼやくBMWのオーナーに、中国製のコピー部品を使ったからで純正のを使わなければダメだというくだりがある。また、ヤーセルも工事の品質を保証するためには安くて悪い中国製の資材ではなくドイツ製を使うようにという。この監督、中国製品で嫌な目に合って恨みに思ってるのかな?

予告編

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