今日の映画 – ジュピターズ・ムーン(Jupiter holdja)

Jupiter holdja

映画レビュー

ハンガリーを舞台にした映画。ハンガリー制作の映画を観るのは初めてかと思ったが、調べてみると「サウルの息子」もハンガリー映画だったのでこの映画が2本目。

映画のタイトル「ジュピターズ・ムーン(=木星の月)」の解説がある。木星の月(衛星)の中でガリレオ・ガリレイが発見したものが4つあって、そのうちの一つが「エウロパ」という星。つまりタイトルの「ジュピターズ・ムーン」はヨーロッパの意味。

ハンガリーは西はオーストリア、スロベニア、北はスロバキア、東はルーマニア南はクロアチア、セルビアと接する内陸国。近年ヨーロッパで大問題となっているシリアの難民は、トルコからギリシャに渡り、セルビア、ハンガリーを経由してドイツを目指す。ハンガリーはその通り道にすぎないが、難民受け入れに否定的でセルビアとの国境に壁を作ったり強硬な反難民政策をとっているのでEUの中でも孤立している。

映画は夜陰に紛れてセルビアからハンガリーへと国境の川を越えようとする難民と、それを阻止するため銃撃までするハンガリーの国境警備隊とのシーンから始まる。この難民の一人アリアン(ゾンボル・ヤェーゲル)、無防備のアリアンを撃つ国境警備隊のラズロ(ギェルギ・ツセルハルミ)、病院に運ばれたアリアンを診察する医師シュテルン(メラーブ・ニニッゼ)が主要登場人物。

撃たれたアリアンがなぜか空中浮遊能力と周囲の重力をコントロールする力を身に着けるが、映画の中でアリアンのこの能力についての説明は一切無いし、それ以外の部分はむしろ人間ドラマという作りなのでSF映画という感じではない。役どころもアリアンはある種の象徴的存在で、主人公は医師のシュテルン。

このシュテルン、酒を飲んで手術した患者を死なせたことで追われた病院に戻るために遺族に払う賠償金を貯めようと違法なことを繰り返す倫理観の全くない人物。アリアンの能力を知ってそれを利用してひと稼ぎしようとするが、アリアンに語る話の中では患者を死なせたことを人のせいにしないで自分の責任と認識しているところなど、根は悪い人ではない。こういうところの人物描写がうまく、演じるメラーブ・ニニッゼのうらぶれた感じがなかなか良い。

そのシュルテンがアリアンと行動を共にするうちに心境が変わってくるところが見もの。例の遺族との賠償金交渉では、合理性を優先して感情が伴わない、あるいは上から目線で相手の気持ちが分からないような性格として描かれている。ところが、屋上でのアリアンとの再会で、かがんでアリアンを見上げるところは、聖書にあるような場面を連想させるシーン。このなんとなく宗教的な色彩は、悪事を重ねてきたであろうラズロのラストのシーンでも見られる。

アリアンが浮遊する場面の映像はよくできているが、今や最新の合成技術はハンガリーでも利用できると思えば特筆するほどでもない。それよりも、光と影のコントラストを上手に使っているところや、地下鉄に乗るまでの追跡シーンなどでのカメラの長回しを多用した映像が素晴らしい。

ラストの上空から街中を俯瞰する映像では、高速道路の車を停車させてかなり大がかりな撮影を行っている。この映画のテーマは反ポピュリズムであり、それはハンガリーの現政権への批判と受け止められてかねないのに、その割には堂々と撮影しているのには感心した。

予告編

2018年に観た映画

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